[
携帯モード]
[
URL送信]
メッセージの編集
お名前
タイトル
メールアドレス
※変更する場合のみ入力して下さい
ホームページ
お題みっつ
次のお題みっつ
本文
「キャスケットが欲しいな〜」 彼女に言われたのは、確か去年の夏頃だった。日が沈んで紫色に染まった空を見ながらコーヒーを淹れていた時だった。その脇で手の絆創膏を貼り替えながら、電池の切れかかった時計を見ていた。 「できれば誕生日プレゼントがいいな」 淹れたての香りをテーブルまで運びながら、キャスケットとは何だろうと考えていた。彼女がいるからといって、ファッションに詳しくなったわけではなかった。いや、ただ疎すぎるだけかもしれない。 「色は灰色で」 ぽつりぽつりと楽しそうに話す彼女に、少しためらいつつも思ったままのことを口に出すと、 「なんだ知らなかったんだ」 白いマグカップを両手に持ちながらそっと言った。カーディガンを羽織り、熱で少し顔を赤らめた彼女は、もう一度寝てくると言って席を立った。コーヒーはいいのと聞くと、 「ちょっと熱い」 そうだったのだうか。いつもと同じように淹れたはずだけれど。薬はと聞く前に、静かにドアが閉まった。よほど体調が悪かったのかもしれない。結局キャスケットのことは聞きそびれてしまった。 彼女は、夕食の時にも目を覚まさなかった。ドアの隙間から寝室を覗くと、ぐっすりと眠っているようだった。お粥を作るべきかもしれない。一人分にしては多すぎる料理を見てどうしようかと悩んだ。 困り果てて時計を見上げると、今すぐにでも十時を指そうとしていた。だがよく見ると、秒針が三十秒を行ったり来たりしている。電池が切れかかっていたようだ。ビデオデッキの時計を確かめると、もう日にちが変わりかけていた。思った以上に待っていたみたいだ。 料理をしまい終えても、時計は十時にすらならなかった。でももう日は変わっただろう。ポケットに忍ばせていた小さな箱を取り出す。指輪を入れるための小さなケース。でも蓋を開けると……。ふふ、キーホルダーが入ってる。指輪はまだ早いよ。今日は彼女の誕生日。枕元にでも置いておいたら、びっくりするかな、怒るかな。 そして今日、翌年のクリスマスイブ。僕は彼女の帰りを待っている。手にはあの日と同じケース、でも今度はちゃんと指輪が入っている。もちろん、灰色のキャスケットだって準備した。後は、帰ってくるのを待つだけ。 ほら、帰ってきた。 「ただいま」 「おかえり」
設定パスワード
編集する
削除する
無料HPエムペ!