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チェリーブロッサムの夢 第四話 4. 時幻党(じげんとう)の、とある一室───。 「わあ。この部屋、中庭の木がよく見える──!」 部屋に着くなり優人は本たちを抱えたまま、真っ直ぐに窓辺へと駆けた。イノセントはというと……心配していた通り、場所を変えた事によりムードも何もかもがぶち壊れた事にげんなりとしていた。後ろ手に一応、部屋の鍵は掛けるが。…果たして、ここから空気を持ち直す事はできるのか──…。 (……。やっぱ、“虚像の間”にでも連れ込むべきだったか………) 互いの部屋では時間帯的にも高確率で何かしら、誰かしらの邪魔が入るだろう。“何処か日当たりがよくて暖かい場所”というリクエストにここの空き部屋を選んだが、事を成すには些(いささ)か不向きな場所のようにも思えた。 「はぁぁ〜……」 焦らされ、焦らされての後(のち)の「待った」の果てのこれである。 (…こっちは、ずっと我慢してやってるっつーのに───、) 優人から半分奪った本の山を、腹立たしさからテーブルの上へと半ば投げ出すようにイノセントは置いた。 「いつまでそんな枯れ木なんか見てんだ」 「あ。すみません、つい」 イライラを隠し切れずに歩み寄って来たイノセントの気配を察して、優人が振り向く。 「…きっと、春には桜が───」 綺麗なんだろうな、そう零(こぼ)して。本たちを抱えテーブルへ下ろしに行った優人に、イノセントは肩に触れ掛けた手を止め、無言でその手を下ろした。 ──ドサッ、トサトサ……… ソファーへと掛け、ローテーブルの上の本の山をチェックする優人の様子に。イノセントはすっかり落胆しつつも、優人の隣へと腰掛け、無言のまま相手を見遣った。──所詮(しょせん)。こいつと自分とでは、相手に対する“ソレ”の度合いが掛け離れているのだろう。 (こっちは、夢にまで見てんのによ───) 無意識に伸びた手が優人の髪へと触れ、その横顔を覗うのに邪魔な髪をそっと耳へと掛けた。 「………………」 「…あの、」 物思いに耽(ふけ)りつつあった所を相手の声にて我に返り、手を止めた。 「ん、悪い…」 「いえ」 紫を帯びた瑠璃色の大きな瞳が、真っ直ぐにイノセントへと向く。 (相変わらず、無駄にデケー目ぇしてんな………) 「…嫌だったか?」 「──全く、」 即座に断言して、こちらへ微笑む。細められた目許に安堵して、引っ込め掛けた手にて少し迷ってから相手の頭をそっと優しく撫でた。よく見慣れた、黒くて艶(つや)のある割には柔らかく癖のある髪質。…纏(まと)めるのに苦労してると言っていたから、最初は嫌がるかとも思っていたが。予想に反し、特にそんな素振りも優人は見せなかった。 「ガキ扱いすんなとか、言わねぇーの?」 「気分…、かな? ──今は。ちょっと甘やかされたい気分なのかも……」 手を滑らせて頬へと触れると、向こうも自身の両手をイノセントの右手へと添えて静かに目を閉じる。 「…俺、イノセさんに触れて貰えるの好きですよ? …だから。もっといっぱい、触って欲しい───」 「…………っ、」 ──ムラッ、…… 収まり掛けていた情慾が再び、疼(うず)き出す──…。 ((あー。顔……)) ((…はい?)) ((──悪くねぇーな………)) ──スリッ… ……雄(おす)とも雌(めす)ともハッキリしない、中性的なこいつの顔が好きだった。 初めて会った頃は、もっとガキ臭さが残っていて。俺に対して恐怖心を滲ませながらも、ガキ特有の好奇心からか、祟場(たたりば)達の目を盗んでは俺の周りをよくウロチョロしてやがった。 ((イノセさんっ!)) …何で、選(よ)りにも選って俺だったのか。俺の方も、何でこいつに興味を持っちまったのか………。 「…………………、」 髪も背も。伸びた事により少しだけ、あの頃より大人びて。自分の日頃からの諸々の行いのせいもあってか。大人になるに連れ、本来なら色濃くなるべき筈の雄らしさを、こいつは何処かに置いてきてしまったようにも思う。 「イノセさん…?」 ゆっくりと手を離し相手の腕を引いた。ぐっと近付いた距離に顔を覗き込めば、こちらを真っ直ぐ見上げる双眸(そうぼう)が自分の姿をそこへと映す。腕を離した右手にて再び触れると、こちらの意を察して無言のその視線は伏せられる。僅かに俯き加減となった優人の顔をそっと上向かせると、微かに熱を帯び始めていた優人の視線と静かに目が合って。無意識にイノセントは口許を弛(ゆる)ませた──。 (俺がこの手で、こいつをこうした───…) 優越感、支配欲、独占欲…。貪欲な渇望(かつぼう)した心がこの上なく満たされる感覚。魔物という生来(せいらい)からのどうしようもなく強いその欲望を、こいつの存在がそれらを余すことなく埋めてくれる。恋とか愛とかキレイな皮を被った、ドス黒い執着心だこれは──。 (…俺のもとに堕ちてくればいい。何処までも深く地の底へ───、) 高揚していく気分へ酔い、柔らかい唇をゆっくりと親指にてなぞる。…可哀想にな、と小さく嘲笑(あざわら)って。覗き込んだ微かに幼さも残す“どっちつかず”の顔は、逆に自分を妙な偽りの感傷へと底なしに引き摺り込んでゆく。 「…ねぇ、イノセさん」 「んー?」 「どうしたんです? …キス、してくれないんですか──??」 イノセントの名を呼び、先を促す愚かで憐れな声の主はクスクスと無邪気に笑ってこちらを見上げていた。視線の先で一度は細められた瞳が、色香を纏(まと)って妖艶(ようえん)に咲く──…。 「くくくくっ…、単に愛でてただけだ──。あんま先を急かすな。変に煽(あお)ると泣きをみるのはお前だぜ───?」 大人びた表情や仕草の中に見え隠れする“子供の名残り”が、純粋を汚す背徳感へと拍車を掛けるから。それ以上は言葉も無く、誘われるがまま静かにそこへと顔を落とした。 * それらの全ては、“中毒性”を孕(はら)んでいる───。 自ら強請(ねだ)って置きながら。いざ、そこへ唇が触れると、相手は途端に口を結ぶ。 「……」 固く目を瞑(つむ)り呼吸を詰まらせる優人の様子に、イノセントは微かに鼻を鳴らした。及び腰な相手の手を取り、指先を絡ませる。顎(あご)を掬(すく)って態(わざ)とらしく、噤(つぐ)まれた優人の口許へとイノセントはゆっくりと舌を這わせた。 「…ふっ──、」 丹念にそこを嬲(なぶ)るとギュッと握り返された左手に口を離せば、酸素を欲して半開きになったそこへ容赦なく舌先を挿し入れる。ぬるつく口内を侵(おか)せば、相手は尚もイノセントの左手を握り返しながらも僅かに身動(みじろ)いだ。深くを探ろうとしたのを身を引いて小さく抵抗され、しかし。それすらも許さず右手を腰へと回し抱き寄せたのち、後ろから相手の括られた髪を手荒に鷲掴んで身動きを封じる。 「───はっ…、」 乱暴に上向かされ、苦しげに眉尻を落とす優人のその表情へとイノセントの加虐心は一気に漲(みなぎ)り、滾(たぎ)っていく。 辿々(たどたど)しい舌遣いでされるがままにイノセントを受け入れ、必死に舌先でそれに応じようと求めてくる優人のその愚かで滑稽な様の一部始終がどうしようもなく愛しく感じられてしまい、求められるがままに舌を与える。 「っ、……ん、」 互いの唾液が混じり合っていくのと時を同じくし。優人の霊力とイノセントの魔力とが混ざり合っていく。互いの舌と力とを貪り合いながら、この上ないその快楽へと浸り耽る……。 「んっ…、ふ、ぁ……」 絡めていた舌を解き、不意に相手の上顎を舌先でなぞると。びくびくと身体を震わせて、相手は身体を強張らせながらイノセントの左手を強く握り返した。 「……………、」 息を弾ませ、潤んだ目許にて今更な羞恥に焼かれている相手はイノセントから僅かに顔を逸らすと目を伏せた。ほつれた髪の下、肌の色は帯びた熱により染まり、だいぶ赤い。 「……何だろ、」 「どうした?」 「ん、いえ…。何か、凄く……気持ち良かったから、今の………」 「──へえ?」 くつくつとイノセントが傍(かたわ)らで嗤(わら)うと途端にハッとした様子を見せ、優人は今し方の自身の吐いた言葉を恥じて更に一人、俯く。 「…何言ってんだろ。──わ、忘れてください…、今のっ……!」 ほどけた黒い髪がサラサラと肩から滑り落ちる。こちらからの視線を左手で遮っただけでは事足りず、絡めていた右手を慌てて解き背を向けようとする優人にイノセントの左手が伸びる──…。 「気持ちよかったってんなら、それでいいじゃねぇか──。なあ…?」 離れていった優人の左の手首を透かさず掴んで、イノセントは銀のカフスの光る耳許へと低く甘く囁く。 トクトクと跳ねる鼓動が触れた先から伝わって、愛しさは増すばかりだ。 (──互いを喰らい合うように、地の底まで愛し合おうじゃないか………)
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