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チェリーブロッサムの夢 第三話 3. 時幻党(じげんとう)書斎、書庫室──。優人(ゆうと)はその一角にて一人、立ち尽くす。その場所には圧倒される程の莫大(ばくだい)な情報たちが並び立ち、一様に沈黙を守っていた。見た目こそ、ごく普通の“本”の形をとっているこれらの本来の姿は。時幻党の地下に眠る、エネルギー情報体と呼ばれる“電子の海”の一部。本体である電子の海は、原則として党首の駿河愁水(するがしゅうすい)にしか操れない。しかし、長い時を経て。その一部である情報体たちは今、幾千幾万冊の“紙媒体の本”の姿を模して、ここの書物庫に保管されている。 「“無限戦争世界(エンドレスウォーズ)、軍事社会の在り方”──…」 傍(かたわ)らの小さな脚立の上へとファイルを広げて。必要な情報の記載されている本を一冊、また一冊と拾い集めていく。その場へ敷き詰められた本たちの背表紙へと指先を滑らせながら、優人の声だけが小さく微かに空間に響く。 「──“第XX次世界大戦(ワールドウォーXX) 〜戦争孤児と覚醒者〜”…………あった。これか…」 目当ての本が見つかり本棚から抜き取ると、軽くそれを眺めた。…戦争、紛争、内戦──既に抱えられた腕の中の本たちは。今回、そういった言葉らがタイトルに目立つ──。 腕の中、幾冊と重ねられたその上で。たった今、手にした本を開くと中をパラパラと片手で捲(めく)り、気になるワードへと優人は目を落とした。 ──ボウッ…… そんな優人の足下で弱く、赤い光が音も立てずにツー…と円を描(えが)く。そこに結ばれた魔法陣から赤とも黒ともつかないものが湧き立って、絡みつくよう優人の脚をゆっくりと這い上がっていく。 「──何ですか。…鍵なら開いてるんですから普通に入ってらしたらいいのに」 ぱたり、と本を閉じて。脚に纏(まと)わりつく“ソレ”を優人は別段、気にした様子もなく書斎の机へと足早に向かう。下ろした本たちが重そうな音を立てて、代わりにバインダーを手に取ると僅(わず)かに後を追ってきていた形のない揺らめくソレを軽く蹴散らすように、再び優人は書庫の奥へと向かった。 「すみません。まだ、やる事があって…。退いててくれませんか? 踏んじゃいますから、危ないですよ──」 「………………」 優人は脚立の上から手にしたファイルを無言で読み耽(ふけ)り、代わりにそこへと腰を下ろした。脚や腕には相変わらずソレが纏わりついてくるが、大して気も留めた風もなく。ファイルに視線を落としたまま、軽く脚を組んで片手を顎(あご)へと当てた。 「んー…」 暫(しば)し考え込んだ後(のち)、立ち上がりまた本棚へ向かった優人の背後で。周辺に立ち込めたソレは人知れず濃度を増しており、闇とも形容できる程までとなっていた。 「…資料も、情報も。こんなにたくさんあるのに………あり過ぎて逆に必要な物を探し出せないなんて──、」 薄暗い書物庫の奥で淡く光の波紋(はもん)が広がった。幾つか目星を付けた本に本棚を覆った光の水面(みなも)越しに指先で次々軽く触れると、それらは微かな光を帯びて僅かに本棚から抜け出てくる。何冊かそれを繰り返す内に「──フォンッ…、」と水中に籠(こ)もる電子音のような不思議な音がして、弱く光を点滅させ、新たな数冊が掲示された。必要、不必要を選別すると不要となった本たちは静かに本棚へと戻っていく。指先で引き出した透けた光の欄(らん)に、ワードを幾つか水面に打ち込み検索へと掛けた。水面が弾け、また空気を震わせるような不思議な音を伴い小さな水紋が幾つか広がる。より分けられた傾向と打ち込まれたワードから導き出された数冊が新たに光を帯びて、優人の目の前にスルリと音も無く抜け出してきた。 「…あった。」 自身の目線から少し上の段にあった一際強い光を放ち指し示されたその本を優人は手に取る。軽く捲って中身を確認し、安堵に一息つくと本を静かに閉じた。…途端。本棚一帯を覆っていた光の水面は静かにその姿を散らしていって、──シンッ…と辺りはまるで何事も無かったかのように再び元の静寂を湛える。 「何つーのか……」 「何ですか?」 「…いや、」 足元に積まれていた本らの上から、置いていたファイルとバインダーを今し方、探し出した本と共に抱え直す。今や、はっきりと具現化したほぼ黒に近い赤い“魔力”はスルスルと優人の脚や身体に擦り寄ってゆっくりと愛撫するよう蠢(うごめ)く。 「──あの、気が散るんで。まだ待ってて貰えますか」 背後から伸びてきた「待て」の効かない白い腕に、そのまま問答無用で捕まる。息苦しさと視界の確保に右手を掛け、首元へ絡む相手の腕を下方向へと引いて少しだけずらした。 「聞いてませんね、俺の話…」 諦めの言葉を溜め息混じりに吐き出し、分厚いバインダーを開くとパラパラと頁(ページ)を捲った。そこへ──。 「…あっ、ちょっと───」 急に伸ばされた指輪だらけの手にそれを妨害され、更にバインダー自体を取り上げられる。 「こいつ……」 細かな文字で綴られた名簿と役職、それと小さな顔写真。 「そういう所には直ぐ気付く…。流石(さすが)と言うのか、目敏(めざと)いとでも言うのか──」 「…………、」 「──“電霊世界(ロジカルパラドックス)”の人物達との同一存在が多く組み込まれてるみたいです、どうやら。…その人は今回、俺の上官になるみたいですね」 優人からバインダーを取り上げ一枚の写真から視線を外さない相手に、優人は少し困ったように笑った。 「返してください。…あと、俺がまだ呼んだりしてない内から向こうに来たりなんかしちゃ、ダメですよ?」 「……………」 「返事は?」 「───ああ、」 返して貰ったバインダーを一度、閉じて。静かな遣り取りの中で返ってきた相手の返答に小さくクスクスと苦笑する。 「…でも。もし、あっちの世界でどうしても苦戦して、俺がイノセさんの事を呼んだら。その時は、ちゃんと来てくれますか──?」 背後に立つイノセントを優人は肩越しに振り仰ぐ。振り返った相手は笑ってはいなかった。こちらを黙って見つめていたその赤い瞳と静かに目が合って。静かなトーンで、イノセントは飽く迄も優人の問いに対する答えを返した。 「いいぜ。そういう契約だった筈だ。──そして、対価はきっちりと貰う」 「……。俺が払える範囲でしたら」 「…多くは望まねぇさ──、」 素直に嬉しかった。本棚を向き、腕の中のバインダーたちを抱き締めて目を伏せる。 「はい…。ありがとう、ございます……」 クシャッと頭を撫でられて、何だか耳が熱いのに気付く。イノセントが背後で微かに笑った気配がした。 「そういや、“前回の分”。まだ、徴収し切れてなかったな──?」 「…うっ、…そ、それは………」 ギクッ、と固まった優人は視線を泳がせ、動揺に声を震わせる。その耳許(みみもと)で低くイノセントは囁(ささや)いた。 「……ここでする?」 その場から微動だできず、優人にイノセントの表情は覗う事ができなかったが。その声は、確かに嗤(わら)いを含んでいた。 「…あのっ、こんな事言える立場じゃないのかも知れませんが……。対価を後決めするって、それってどうなんですか──??」 沈黙が降ってくる。身動きは未だにできない。 「…そうだな。ちょっと狡(ずる)かったか。──そんじゃ、今回のは無し。」 ──ほっ…… 安堵感から、肩と全身の力が一気に抜ける。 「次回に回してやるから、また今度な」 「もう、二度と呼びません」 「くくく」 愉快そうに笑って、髪に触れていた手がそっと離れた。 「まあ、それはそれで。これはこれな訳だが───」 「え…?」 スルリッ…、と不意にその手へ下半身を卑猥(ひわい)に撫でられ優人はビクッと跳ね上がった。反射的に振り返り、眼前に下りてきていた顔へ慌てて片手で相手の口許を塞ぐとその先を制する。 「──イノセ、さん…??」 「………………」 ──ぬろっ 「っ、……!?」 指の間を擦り抜けた濡れた舌の感触にゾワリとし、思わず腕の力が抜けて。本棚を背にそのままイノセントへと捕まる。 「あ、あのっ……待ってください。…だって、今回はしないって……今、言って………」 「あ?、くくっ。──ああ、“無し”っつったのは“後決めした条件”の事で。これはこれで、別にいつものそれだろうが」 「いつもの…? いつもの、って? こんな時間帯から、こんな場所で……??」 「…俺は。夜には、また出掛ける───」 「………でもっ、」 ──ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……… 鼓膜に響く自身の鼓動の音が煩(うるさ)い。首元へ縋られ、斜め足下へと顔と視線を逸らした。割られた脚に本棚へと凭(もた)れ、バインダーとファイルを抱く手をギュッと握る。腰に回った手はスラックスに指を差し込まれ、今にもYシャツの中へと潜り込もうとしていた。 「………イノセさんっ、」 小さく余裕のない声で相手の名前を呼ぶと、拘束の力は僅かに強まる。脚や身体へ絡みつく具現化した魔力たちにもまた同時に身動きを封じられ、触られているだけなのにその無理矢理されている感覚に酷く興奮している自分に戸惑いを覚えた。人並みにある羞恥心(しゅうちしん)から乱れる呼吸を必死に抑えるが、自然と吐息は熱を帯びていく。 「……………」 その様子を横目に見て、誘発されイノセントは自身の下半身が熱くなっていくのを感じていた。馬鹿げた事だとは思う。だが、回数を重ねるに連れ様々な表情を見せるようになった優人に背徳感やら優越感やらが附随して気分は何処までも高揚していく。気付くと体勢がだいぶキツくて小さく息を吐き出し、腰を引いた。 ──もぞっ…… ふと、交差した脚の片方に身動いだイノセントの硬くなったものが触れた。ドキリとし、途端に恥ずかしくなって相手の胸に縋って顔を伏せる。トクトクと普段より早い向こうの心音が伝わってきて、何故か幸福感にも似た温かな感情が湧き上がってくる。…嫌悪感は無い。自分はこの人の事が好きだ──。 「優人…」 熱の籠(こも)った声に呼ばれて顔を上げると、イノセントの手が頬へと触れた。腰を引き寄せられ、覗き込むように相手の顔が眼前に迫る。 「──イノセさん、待って」 優人の言葉にピタリと動きを止め、イノセントは無言で眉根を寄せる。怪訝(けげん)そうに眉尻を落とすイノセントへ気付き、優人はフッと優しく微笑んだ。 「…ねぇ。場所、変えませんか?」 後に続いた言葉へ、何処か安堵した様子を見せ。イノセントは眉間の皺(しわ)を静かに緩ませる。頬に触れたイノセントの手へと優人は自身の手をそっと重ね合わせた。 「ここは少し寒いから。何処か日当たりがよくて暖かい、ゆっくりできる所がいいです───」
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