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チェリーブロッサムの夢 * …最近、気付いた事だが。心身共に疲れ果てた日なんかに寝ると、あいつが夢に出てくる事が多い。 ((──優人(ゆうと)、)) ふと、そんな事を零(こぼ)したら。愁水(しゅうすい)の奴に「潜在意識的に癒やしを求めてるんだろう、彼に」と笑われて、腹が立って口汚い悪態を吐き散らしてきた反面で。変にそれが腑に落ちて、納得してしまった自分へ妙な感覚へと陥(おちい)ってしまったのが、つい先日の事──。 これは、夢だ──。 ((イノセさん……)) 時幻党(じげんとう)の中庭。もう、幾度となく迎えた春の風景。…あいつは。雲一つ無い四角く切り取られた青の下で、散りゆく桜の花びら達を感慨深そうに幹へと背と頭を預け、静かに空(くう)を見遣(みや)っていた。その姿に暫(しば)し、目を奪われ。何処か寂しそうに、切なげに目を細め、中庭中央の桜の大木へ凭(もた)れる姿に。堪らなくなって、蒼(あお)い芝生へと俺は足を踏み出していた──…。 『優人!』 春の空の下、静寂を断った俺の声は何処か幼い。それどころか、あいつに対する今の感情が抑え切れずにそのまま声に出て、自分でも驚き思わず焦った。 続く言葉を飲み込み、途切れさせて。踏み出したばかりの足を止め、やたらと速まる鼓動の音に違和感を覚え。自身の両手と足下に落ちた影に、今現在の自分の現状を察しつつも信じられず。中庭へ面した廊下の窓へ目を遣(や)ればそこへ映った自分の姿は、──人間でいう“十三”かそこら…。 (───何だ、これ……) 故(ゆえ)に、これが夢なのだと容易に察しは付く。…付くが、今はそんな事より、あいつの事が気になって………。 『イノセさん』 その声に呼ばれて、弾かれたように振り向く。相手は真っ直ぐにこちらを見つめていて、ふわりと優しく微笑んでいた。 『どうしたんですか? ──ねぇ、そんな所に居ないで。こっち、来てくださいよ。桜、凄く綺麗ですから。一緒に見ましょう?』 優人が自身の隣の芝生を軽く叩いて、こっちへ来いと俺を促(うなが)す。「ガキや猫じゃねぇんだぞ…」と僅(わず)かに苛立(いらだ)ったが。もう一度、窓硝子(まどがらす)へと映った自分の姿に目を遣り、一つ溜め息を吐き出した後で。大人しくそれへと従って、また足を踏み出した。さくさくと芝生が柔らかい音を立てる。 『泣いてたんじゃねぇーのか?』 『え? 泣いてませんよ?、俺。ただ、綺麗だなって思って見てただけで。もう、散り始めちゃってきてたから。イノセさんと一緒に見れて良かったです、桜』 明るくはにかんで、隣で立ち尽くす俺に惜しむ事なく笑い掛ける。…見間違いなのか、強がってるだけじゃないのか。掛けてやるべき言葉に迷って。一人、眉尻を落とす。 『もう。ほら、座って! ここから見える景色、本当に綺麗なんですから。一緒に見ましょうってば。“今”しか見られないですよ? きっと』 優人の左手が優しく俺の右手を包む。引き寄せられ、隣に促されるまま座り込んで、共になって桜と散りゆく桜の花びらの舞う深く青い空を黙って見上げる。 『ね? 綺麗でしょ?』 『…うん。』 優人は飽くまで笑っていたが、俺の方が逆に物悲しくなってきてしまった。無言で空を仰ぐ俺に安心して、嬉しそうに優人はまた自身も桜の花びらの降り注ぐ空を見遣った。少しの間だけ、共に桜たちを見遣って。会話も無く、過ぎ去るばかりのその情景よりも。優人の事の方がどうしても気になってしまって、相手に気付かれないようにそっと様子を盗み見る。 『……………』 いつもの見下ろすアングルとは違って、少しだけ見上げる形に近い、そのアングルは。相手の表情がよく見えた。 ((──俺の昔居た世界には、いっぱい咲いてましたよ? 桜…)) ((俺が元居た世界に帰りたいって言ったら、イノセさんはどうしますか───?)) ごく近い距離から見つめた優人の瞳に宿る光が、いつもより強くて。ゆらゆらと周りの景色を映しながら、瞬(またた)けば溢(あふ)れ出るものが容易く想像が出来てしまい。…胸の奥を刺されたかのような痛みに襲われ。更に重く苦しく、胸が軋(きし)む──…。 ──ギュウッ…… 腹立たしくも、小さく華奢(きゃしゃ)としか表現の出来ないガキの手で。唐突(とうとつ)に相手の肩を引いた。急に引かれてこちらを振り向いた優人へと、精一杯に伸び上がって押し付けるように一方的に唇を重ねる。…静寂に、春風が二人の髪を揺らして時間は無となる──。 『──どうしたんですか? 急に』 少しだけ照れたように笑って、俺の頭を優しく撫でる。宥(なだ)めるように。大人な余裕ある素振りで微笑む相手と、余裕の無い自分…。慰(なぐさ)めてやりたい、何処へも行かせたくない、他の何にでもなく自分だけを見て欲しい……色んな感情が焦りや焦燥(しょうそう)を伴(ともな)い、ゴチャ混ぜになって。なのに、それを相手に伝える術(すべ)が思い当たらなくて──。 (今…、俺がこんなガキじゃなかったら………!!) 悔しくて、ギリッと奥歯を鳴らし歯を噛み締める。若い芝生を掻き毟(むし)って、力任せに相手を押し倒そうと優人に対し上から不意を突いて乱暴に覆い被さった。 『………イノセさん──、』 容易に抱き留められ、言葉も合わす顔も無くてそのまま優人の首元に縋(すが)る。情けなくて、情けなさ過ぎて、泣きたい気分になった。 『どうし……』 『やらせろっっ!!!』 虚(むな)しくその場に響いた自身の言葉へ、今更になって半分後悔して、それでももう自暴自棄になって。優人の首へと回した腕に目一杯、力を込めて。駄々を捏(こ)ねる子供のように無遠慮に縋りつく。かろうじて涙は出なかったが、それが鼻へと回ったせいで無条件に鼻を一つ啜(すす)った。 『──随分と大胆な言葉ですね。』 ビクッと、これもまた無条件反応で身体が小さく跳ね上がった。怒られる、拒絶される──それが怖くて身を引こうと相手から両腕を慌てて離した。 『………??!、』 それに関わらず身動き出来なくなったのは、こちらへ向き直った相手に逆に強く抱き締められたから。 『こんな所で? 何言ってんですか、バカですか───』 めちゃくちゃに虚仮(こけ)にされて、笑われて。恥ずかしさと苛立ちに頭に血が上ったが。何を言い返す前に、更に強く抱き締められて。つい今さっきまでの怒りが、嘘のように静かに引いて行く。相手の脚と脚の間に収まって、さっきまでとは真逆に優人へ自分の首元にへと縋られている。 (…満更でもなかったって事か──??) 恐る恐る、優人の背へと右手を伸ばして。自分の首に縋った優人の耳元へと小さく訊(たず)ねる。 『………していい?』 『ダメです』 あまりの即答に愕然(がくぜん)とする。 『場所、変えるから…』 『そうゆう問題じゃありません。俺が周りの人達に怒られちゃうでしょうが』 『……。ガキ扱いしてんじゃねぇーよ!!』 『イノセさんは子供です』 『違うっっ!』 『違いません』 『違うったらっ!』 『違いませんよ』 『〜〜〜〜〜ッ!!!』 (…夢が覚めたら───、) 恨(うら)めしさを滲(にじ)ませて、ジトーとした眼差しにて。桜の木へと凭れた優人を見遣った。相手は尚(なお)も目を細めて、こちらをクスクスと笑っている。 ──サラッ… 『!』 徐(おもむろ)に伸びてきた左手に優しく前髪を掻き上げられて、───静かな口付けが額へと触れた。目を見開いたまま固まって、憎まれ口の一つも叩けなかった自分に少し驚いた。辺りは再び静寂に包まれる。…キスをされた額から、「親愛」「愛情」「許容」………「傍(そば)に居ます」、言葉では告げられてはいないそれらが、じわじわと静かに浸透してきて。気付いた時には、両目からボロッ…と大粒の涙が溢れ出していた。自分自身でも何が起きたのか直ぐには理解できなくて、頬を伝って零れ落ちた涙が芝生に次々と吸い込まれていく。僅かに視線を上げて優人の方を見ると、ふっと優しい笑みを浮かべ、あいつの右手がゆっくりとこちらへ伸びてくる。指先で溢れる涙を拭われて、ぼやけていた視界が少しだけ晴れて。首を傾けて眉を落とした相手へと、衝動に任せて今度こそ押し倒さんと勢いよく腰を浮かせた。相手の背が桜の幹へと当って、重なった二人の元へと衝撃により余計に舞い散った淡い薄ピンクの花弁(かべん)らがハラハラと音も無く降り注いで───…。 (…これは、夢だから────) * ──ハッ、とイノセントは目を覚ます。いつもの自分の部屋、いつもの赤いソファーの上。…荒神白羅(あらがみばくら)の行方を連日連夜の長期に渡り尚も追い続け、疲労とストレスのゴタゴタな泥濘(でいねい)に塗(まみ)れつつ、朝方帰ったのも束の間。ベットに行き着く間も無くソファーへ身体を投げ出し、あれこれ苛立ちに辺りへ八つ当たった後そのまま寝入ってしまっていたらしく、部屋は見るも無惨にも散らかっていた。きっと、寝入り端(ばな)にチラリと“あいつが来たらまた小言を垂れながら、このとっ散らかった部屋を片付けようとするんだろうな……”なんて、何となく考えてしまったせいでもあるんだろう。 ((…潜在意識的に癒やしを求めてるんだろう、彼に───)) 愁水のあの言葉が一瞬、頭を過(よぎ)り。ソファーへと仰け反って凭れながら、「はっ!」と自嘲(じちょう)気味に失笑を洩(も)らした。 「……………………」 部屋を沈黙が流れる。 (──妙に余韻(よいん)が長引く夢だったな……) 深く溜め息を吐き出し、天井を見上げる。寝る前の酷かった苛立ちは今は引いている。無意識に右手の甲を額へと当てた。 「あんな馬鹿みてぇな夢だったのに───」 ((…夢が覚めたら───、)) 今し方、見た夢を瞼(まぶた)を閉じてなぞる。どんな過去にも記憶にも無い。本当に何の事はない、只の夢…。 ──ムラッ…… 「くはっ! だから、只の夢だっつってんだろうが──。欲情してんじゃねぇよ………」 軽くなった身体を起こす。自慰なんかじゃこれは治まらない。情欲の捌け口なんて、唯(ただ)の一つに決まっている。 「あーあ、馬鹿らし……」 床に転がった飴玉の一つを踏み潰してイノセントはふらりと部屋を出た。 『チェリーブロッサムの夢』
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