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#000『宵闇nostalgia』 文明の残骸は。そこいらを占めている。 ぼんやり眺めていても。動き出す事はない。 完全に、背景と化しているが 死んでいるのかと問われたら それまた、少し違う気がする。 『イノリ、店番を頼む。鉢屋に注文された紅色が漸く入荷された。届けて来るよ』 『へいへい』 『お前、サボるなよ?』 『へいへい』 釘を刺されても。まあ。気にしない。 俺に店番を頼む方が悪い。 この時間は暇だ。暇だと眠たくなるもんさ。 客がいなけりゃあ、する事もない。 ぼんやりと。売り物を眺めて、欠伸ひとつ。 水晶金魚の身体は光を反射するもんで 目には眩く、キラキラ刺さる。 透けた尾鰭を悠々と揺らめかせながら 水槽の中を巡っている。 餌は細かく砕いた飴細工。 パラパラと撒けば。すぐに集まってくる。 『きんぎょー』 『ん?ああ、兎屋のチビか』 『キラキラ。綺麗だねえ!』 『おー。綺麗だろう?』 『キラキラー』 『餌でもやってみるかい』 『いいの?』 『いいとも。別に駄目な理由も無ぇさ。ほら。飴細工。少しずつ、摘まんでやるんだ』 『おおー』 チビは長い耳をぱたつかせ 水槽の中に飴を撒いてる。 以前はよく。猫屋のチビと一緒に来ていたっけ。 猫屋のチビが旅に出てからは 大抵、独りでいるな。 誰とも連まず。独りで遊んでる。 他に友達がいない訳でもないだろうに。 猫屋は『親友』だったらしいので その喪失感は埋められんのだろう。 確かにいつも連んでた友人がいなくなると なかなか。どうしたって。 埋まらねぇもんもあるな。 俺にだって覚えのある話だ。 きっと誰にだってよくある話だ。 けどまだ子供だ。割り切れねぇ。 だから多少。見かけた時には 優しくしてやりたくもなるさな。 『チビよ。お前、寂しくないか』 『なんでー?』 『独りは寂しいもんだぞ』 『・・・うーん』 『独り遊びも、いずれ飽きる。だから、ほれ。少し気を晴らそう』 『お?』 『一匹やる。お前が面倒見てやりな』 水槽の中。一番煌びやかな奴を掬い上げた。 水晶金魚は。生き物じゃない。 水から引き上げりゃ忽ち 動きを止めて硝子細工になる。 故に死ぬ事は無いが、割れる事はある。 置物として飾る事もできるのだが 俺は泳いでる方が好きだ。優雅でな。 チビに一匹手渡すと『いいの?』と首を傾げた。 『いいさ。大事にしろよ』 『うん!ありがとー』 耳がピンと張って。満面に笑みを浮かべた。 チビは無邪気だ。まだ毒を知らない。 寂しさは、いずれ。きっと少しばかり 心を汚すだろうが。そうやってみんな 喪失に馴れては嫌な大人になっていくものだ。 猫屋のチビもまた然り。 旅先で。少しは大人になったろう。 便りが無いと。親は嘆いていたが。 あれはプライドが高いから 今はまだ甘えられんのだろう。 郷愁に捕らわれると また心は弱くなるもんさ。 『酉屋の兄ちゃん』 『んー?』 『兄ちゃんは、いっつも一人でいて寂しくないの?友達いないの?』 『お前、なかなか失礼なことを言うな』 『兄ちゃんいっつも、店番の時、一人じゃん。店番じゃない時も一人でいるじゃん』 『よく見てんねぇ』 『兄ちゃんは寂しくないの?』 『・・・俺は。まあー。待ってんだ。またいつか此処へ戻ってくんのを』 『誰が?』 『まあー。唯一。趣味が合って。話が合って。気の許せた「友達」よ』 『兄ちゃんの友達も旅に出たの?』 『だなあ。だから、お前と一緒だな』 『そっか!』 『そ〜だ』 『仲間!』 『ん?』 うんうんと頷いて『金魚ありがとう!』と叫ぶと チビは、ズタタタタっと走り去った。 相変わらず足が速いこと。 俺は、また欠伸をして。 兄が戻るまで見飽きた景色を眺めて過ごす。 その内、うたた寝しちまって。 懐古の夢を見るんだ。 (俺も、いつか。此処を出てぇな) (一緒に来るか?) (どーしたもんかね) (お前といると楽しいが。二人でずっと馬鹿やってたいが。きっと。それ以上に悲しいことだって沢山あるよ。互いにな) (・・・だな) (──また戻って来るよ、いつか。そしたらまた、さ) 『イノリ、寝てんじゃないよ』 ──────────バシッ そんでまた。いつも通り。 兄にど突かれ目を覚ます。 まあ、いつも通り。予定調和された日々だ。 夢だけ鮮明でアイツは今日も帰ってきやしない。 けど、まあ。そんなもんだ。人生なんて。 ただ、時折。変化は訪れて 少し味気を変えてはくれる。 翌日から、毎日のように兎屋のチビが 訪れるようになった。 俺は恰好の遊び相手にされたらしい。 『お前、また』 『イヒヒヒヒ、今日はね、兄ちゃんと鬼ごっこするの』 『・・・へいへい』 ちょっと甘やかしたせいで 妙なもんに懐かれちまったみたいだが まあ。どーせ暇だ。断る理由もねぇな。 寂しいもん同士で。喪失を補えりゃ 見飽きた視界も少しは開けていくだろうさ。
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