◇◆
◆◇拍手御礼に代えて。
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君がもっとやさしく歯を磨けと言ったので
By 緑葉
06-09 10:34
(※銛→鏡。何故か林間学校ぽいところに来ているホスト部)
うすい青色のタイルが貼られた水場で歯を磨いていると、彼が入ってきた。
手にはタイルと同じような色をした洗面用具と、真っ白いタオルを、まるでとても大切な物のようにギュッと掴んでいる。
「おはようございます、モリ先輩。」
そういうと彼は、俺の場所から一つ空けたところの蛇口の前に立ち、四角い鏡の前に手に持っていたものを置いた。
俺は、口中を泡でいっぱいにしながら軽く頷いて返事を示した。
いつも寸分の乱れなく整えられている黒髪は、朝のせいか少し乱れていたが、彼は別にそれを気にする風でもなく眼鏡を外し、他の洗面道具の横に置くと、蛇口をひねった。
数センチだけ開けられた窓の隙間から、雨上がりの山中の匂いが、涼しい空気とともにこの水場の中にも流れ込んできていた。
隣で顔を洗っている彼を盗み見たいという欲求をこらえながら、がむしゃらに歯をみがいていると、ふと、水に濡れた彼の顔がこちらを向いているのに気がついた。
「……?」
「…あ、いえ」
彼は再び蛇口をひねって水を止め、真っ白いタオルで軽く顔と手の水気を拭くと、「歯」と言った。
「は?」
「これ、です。歯」
そういって指で自分の歯をトントンとたたく。
俺はコップに溜めてあった水で一度口をすすぐと、再び彼を見た。今度は遠慮なく堂々と。
朝の淡い光の中で、冷たい水を浴びてわずかに上気した彼の肌は、まるで少し幼い子供のようだった。そして、普段薄いガラスの奥で油断なくじっとしている黒い瞳も、また。
「歯、が、どうかしたのか」
「歯ブラシ、硬いのがお好きなんですか?」
「?…あ、ああ。わりと…」
「でしたら、あまりさっきのように強く磨かないほうがいいですよ。歯茎が傷ついてしまいます。
どうしても力が加減できないのであれば、柔らかい毛先のものを使ったほうがいいですね。それから、歯磨き粉もそんなにつけないほうがいい。最近、冷たいものが歯に沁みたりはしませんか?」
強くしてなどいない。自分は我慢している、と思った。
でも出来ることなら、柔らかくでいいから、一度でいいから触れてみたい。……いや、それは嘘だ。本当は力加減などなしに、
何度でも。
だけど、それはできない。
そうすれば、お前も、俺も……そしておそらくは、他にも何人かが傷つくことになるだろう。
これはただの馬鹿げた妄想だ。
「……わかった。次回からそうする。」
「良い子です。」
彼の悪戯っぽい微笑みと、冷たい手が、俺に軽く触れてくる。まるで毒みたいに。
とある合宿所での、あどけない朝の話である。
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午後、日だまりにて。
By 緑葉
01-06 16:53
「……環?」
声をかけて部屋に入ると、沸かしたての蒸気の匂いが微かにしたような気がした。どこかで湯でも沸いているのかと辺りを見渡したが、そんな筈もない。ここは屋根裏部屋なのだ。
そして部屋の真ん中では環が、炬燵蒲団を肩の所まで引き上げて頬を天板に乗せ、うたたねをしていた。
「おい」
靴下を履いたつま先で、上になっている方の頬を突く。こんな所を父や母や兄達が見たら卒倒するだろうなと思ったが、仕方ない。こうしたくてたまらないのだ。そしてゆっくりと青い瞳が開く。
「っうびゅ」
「おい起きろ。それとも煮えくりかえった茶を耳から注ぎ込まれたいか」
「鏡夜」
青い瞳と口元が、ゆるい三日月型を描く。だけどその奥に閃くものは、まだ熱い。それが俺の中に残る熱に油を足らし、俺に、今すぐ茶を投げ捨てて……だが今はその衝動をどうにか抑え、環の頬から爪先を離して、両手に持ったマグカップを炬燵の上に置こうとする。が、その時
「ひあっ」
環の唇が突然俺の爪先に押し合てられた。俺は両手が塞がっているため、変な声を発した口元を押さえる事もできない。
「ばか、何するんだ…!」
「ふふ…」
環はなおも俺の爪先を掴み、離さない。それどころか靴下まで脱がそうとしている。
「ゆうべはさ……」
靴下が、踵の覗くところまで下ろされる。
「こうやって」
紅い舌を一瞬犬のようにだらりと出して見せ、またすぐ引っ込める。
「一本一本鏡夜のを、舐めてあげたら、鏡夜はさ……」
「だから、やめろ…」
精一杯睨みつけ蹴り飛ばして逃げたいが、環の言葉に身体が反応し始めるのを止める事も出来ない。
顔が、首が、耳元まで熱くなっている自分が今、どんな顔をしているのか、想像したくもない。呼吸が浅くなる。環の青く深い瞳に、脳神経の奥の奥まで絡み取られている。苦しい。苦しい。だけど。
(どうしてほしい?)
声が聞こえる。俺は一度目を伏せ、再び上げた。環は俺の足を放し、代わりに両腕に手を添えて座らせ、マグカップを炬燵の上に置かせた。
熱い身体が覆いかぶさってくる。期待にびくりと震えてしまう。
言われなくとも口が自然と軽く開く。入ってくる吐息に、舌で応える。
錯覚かもしれない。
だけどこうしてキスしている間は、環がその世界の全てを見せてくれているような気がして、泣きたくなる。
自分も、自分の世界の全てを彼に預けられれば良いのに。
(あっ…)
気がつけば、お互いいつの間にかそれぞれの熱を探っている。
熱と舌と吐息だけで、言葉に出来ない気持ちが通じてしまうのがわかる。
一瞬、ここが海辺に打ち捨てられた廃船の底のような気がした。潮の匂いすら感じられた気がした。
環が入ってくる。
実際、ここが何処だって、構わない。
ただ、環に抱かれている時の自分だけが多分、本当の自分なのだ。
そんなふうに感じる自分は、ばかげているだろうか?
それでも構わない。
「どうしたの?鏡夜」
「え?」
「何か凄く、嬉しそう。」
「そうか」
「うん」
窓の外の冬空は、海のように凪いでいた。
そして俺と環の温度だけが、その静かな風景の中で加速していくのだ。
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