『Sepia recipe.』のコノハさまより、管理人誕生祝いアベミハテキスト 「…さ、む」 スポーツショップを出た途端一陣の風が、通り抜けた時すぐ横から呟くような声が聞こえた。 出た瞬間の寒さを予測して巻いたマフラーに咄嗟に顔を埋めたまま俺は横目で、肩をすくめるだけの三橋を見て、一気に頭に血が上った。 「っ…お前!」 「う、へぇ!?」 「マフラー持ってきてねーの!?何考えてんだよこのバカ!!」 「…へ、」 「ああくそっ、信じらんねー!」 ソッコーで俺のマフラーを取って三橋に巻いてやる。フグッとか呻く三橋が僅かに身体を引くから、遠慮なく引っ張った。 「大体お前はな、投手の自覚ってもんが、」 「?」 「…っ、」 …うっわ、近っ! 不思議そうな、困ったような顔をした三橋が顔を上げたから至近距離で目が合った。そんなことに今更動揺して思わず手を離したら三橋はまだ、不思議そうな困ったような顔をしたまま意図が測れずに俺をじっと見てる。なんとなく気まずくなって目を逸らして先に歩き出した。 「え、あべく、」 「…」 「ど、どうした の」 「…なんでもねーよ!」 「う、あ」 あーまたやっちまった。つい動揺するとフォロー忘れんだよな。 自分でやっといてなんだけど、あの至近距離はちょっとまずかった、いや大分マズかった。ヤベーな、気をつけねーとうっかり抱きしめたりしそーで怖ぇ。フツーのバッテリーは突然抱きしめたい衝動になんか駆られないっつーの。 …っつかコイツがこの時期にマフラーもしてこないのがいけねーんだけど!いくら昼間とか建物の中は暖かいからって駅までとかの道はフツーに外だろ、なんで持ってこないんだコイツは。夕方でだって風は冷たくなるし、結構冷えんのに。だからいつも、肩冷やすな防寒は怠るな、ってウルセーくらいに言ってんのに。 っつかマジさみぃ。店ン中との温度差ありすぎだろ。 また風が吹いたから、両手をコートのポケットに突っ込んだ。 「あ、あの あべく、!」 「あ?」 「こ、コレ!よかった ら、!」 そう言って三橋が差し出してきたのは、いつも三橋が巻いてる赤いチェックのマフラーだった。 …え、ちゃんと持ってきてんじゃん。てかなに、これどーいうこと?持ってきてんなら俺の返して自分の巻けばよくね? …マジでコイツの考えてることはよくわからない。でも。 前と違って今はわかりたいって思ってるんだ。投手としてはもちろんそんなのも関係なしに…好きなヤツの、ことだから。 「あー…ありがとな…?」 「っう、ん!」 三橋が予想外にうれしそうな顔したから。なんか見てられなくて受け取ったマフラーを巻いたら三橋の匂いがして、たったそれだけでありえないくらい心臓が跳ねて息が詰まった。でも動揺を悟られたくなくて口元の布地を整えるフリしてたら、まだ三橋がうれしそうに笑ってる。俺といるときは滅多にお目にかかれない表情だったけど今の自分の状態が状態だっただけになんだか、俺の動揺が見透かされてるような、俺と違って余裕な気がして少し、面白くない。 「…なに?」 「えっあ、その」 「…」 「マフラー交換だなって、おもって」 なんかうれしい、なんて言葉を続ける三橋に俺はもう、なにも言えなくなった。 なんだそれ。うれしいってお前、俺と交換するのがそんなうれしーわけ。そんなこと言われて俺をヘンに期待させてどーすんの、都合いい方に受け取んぞ?それでもいーのかよ、なんて三橋は何も考えずに言ってるんだろうけど。でも俺とマフラー交換してうれしいとか、三橋はそんな風に思ったりすんだ。そう考えると自然と口元が緩みそうになる。 マフラー交換は今、なんでか校内で流行ってて、仲のいい友達同士だとか…カップルでとか。割と男女関係なくやってるらしい(水谷談)。何が楽しいのかなんの意味があんのか俺にはさっぱりわからないって思ってたしそう思ってるけど。 …三橋とやんなら、悪くない。とか思ってる俺は自分でも思ってる以上に三橋に振り回されてるに違いない。三橋が俺とマフラー交換して俺のマフラー巻いてうれしいんなら、意味がなくてもいいとまでこの一瞬で思った自分の変貌ぶりが笑えてくる。 …現金なヤツ。そう思ったけどショーウィンドウに映った自分が、いつも三橋が巻いてるマフラーをしてるのを見たら、うれしーような気恥ずかしいような、そんなむず痒い気持ちになる。三橋がいつもしてるマフラーを、今は俺がしてて。俺がいつもしてる黒のチェックのマフラーは今、三橋が巻いてて。阿部はまた黒かよ他の色ねーの、なんて言われてた俺のマフラーを、三橋が。視覚からの衝撃と常に無いくらいの近すぎる三橋の匂いを感じて、もう一度思う。心臓に悪いけど、悪くない。 つまりは俺も、三橋とマフラー交換が、うれしい、わけで。 「あー…の、さ。」 「う、ん」 「やっぱさ、」 「?」 「さっきは男同士でさみーだろっつったけど」 「う、…?」 「駅前のイルミネーション、見て帰るか」 「!うんっ!」 ただ帰るのが惜しい気がして、三橋が見たそうにしてたのはわかってたけどハタから見て男ふたりで見るのってアリなのかとか考えてわざと突き放して見ないって言ったイルミネーションへと方向転換した。 もう少しだけ、このままで。 もう少しだけ、俺のマフラーに顔を埋めてうれしそうに笑う三橋を、見てたい。 今日だけなんだから、もう少しだけ三橋のマフラーしててもいいだろ。 「あ、べく の」 「ん?」 「マフラー、あったかい ねっ」 「…だろ」 「スゴクあったか、いっ」 「うん。つかお前、いつの間にイヤーマフとかしたの。てか持ってたの」 「カ、バン に入れててっ 冷やさないよーにって、いつもあべくん言ってくれる、からっ」 「っお、おー。そーだよ、じゃあ手袋も持ってんだな?」 「…あ」 「…ああ?」 「……わすれ、た」 一気に青ざめる三橋にいつもとは逆に、なんか無性におかしくなった。投手の手とか一番大事だろ、なんでよりによってそこ忘れんだ、耳よか手防寒しろよ、って怒るとこなんだけど。 でもコイツなりに俺がうるさく言ってたこと受け止めて、それを実行しようとしてたんだとか思ったら。しかも一生懸命なのにズレてっから、怒るとこなのについ、バカだなって笑えた。どーすんだこれ、バカだなやっぱ好きだ、なんて思ってる。 「くく…お前さぁ」 「へあっ」 「なんでイヤーマフはあって手袋がねーの。おかしーだろフツーに」 「え、あ ごめ、」 「…ん」 「え、」 「貸してやっから、これしとけ」 「で、でもあべくんの…」 「いーから。指冷やすとよくないだろ」 「う」 「ほら」 「……うん」 「ん」 「ありが とうっ」 こうやって俺とイルミネーションの中ふたりで歩くのとか周りにどう思われるかとか気にしてたし三橋はやさしくしてくれれば別に誰にでも笑うんだろ、とか遠慮とか捻くれてみてたけど。でももうやめた。俺のマフラーをしてうれしいとかあったかいとか言ってくれてんの見たら、もう遠慮してやることねーかって思った。 「あ、べくん!イルミネーション、すごいきれいだ、ねっ」 「そーだな」 何も考えてないコイツは俺がホントにグラブオイル切らしたって信じて疑ってないんだろう、部室でスポーツショップ行かなきゃって言ってた三橋に偶然を装って今度の休みに一緒に行こうぜって誘った俺がめちゃくちゃ緊張してたことも知らないんだろう、俺が三橋のことどんだけ、今までの俺の中の常識全部が引っくり返るくらい好きになっちまったなんて…考えてもないんだろう、でもそれでも。 俺のマフラーをしてそうやって笑ってくれるから、やっぱり好きだなって、諦めらんねーんだよなって…思った。 「あべくん、こっち もスゴイっ!」 「おお」 だから。 別れ際、すっかり交換したことも忘れて俺のマフラーをしたまま手を振って背を向けた三橋に便乗して、返すのを忘れたフリをした。 スノードロップ咲く頃 (春は来ると信じて) END. 三橋は阿部にマフラー巻いてもらってちょっとドキッとして、これから意識し出したってことだったらいいなと。 春はすぐそこ。 Happy Birthday to 秋唯さん!! 2010.12.9 -------------------- ってわけで、管理人の誕生日祝いに『Sepia recipe.』のコノハさんから素敵過ぎるアベミハテキストいただいちゃいました…!! ちなみにこのテキスト、サイト開設して1番最初にアップした阿部と三橋のイラストから書いてくださったんですよ…! そんなイラストはこの下に置いておきます! コノハさん、この度は本当に素敵なお話ありがとうございました…!!!! 20101222 秋唯 [*前へ] [次へ#] [戻る] |