駅の改札を出た所で目に入った。
いつもならおそらく気付きはしなかったであろうその光景。その日は偶々前を向いていた。
行き交う人々の雑踏に紛れてたった一人でギターを抱えその弦を弾く男性。口元が動いていないからおそらく歌ってはいない。喧騒に掻き消されて自分の所までは僅かしか届かないその旋律は、一体何の曲なのか、そもそも既存の曲なのかどうかも分からなかった。まるで誰にも見えていないようにただひたすらにそこに立ち続けるその姿に、珍しく足を止めて遠くから暫く眺めていた。
それからというもの、今まで何故気付かなかったのかが不思議なくらい毎日彼を見かけるようになった。もしかしたらあの日が初めての路上演奏だったのかもしれない。
例え僅かな時間でも、相変わらず立ち止まっているのは自分だけだった。そもそもカンパ用のギターケースすら置いてはいなかった。その人の表情はいつも苦しそうで、顔色はあまり良くない。いつも屋根のある所にいるのに、何故か雨の日だけは居ない事に自然と気が付いた。
季節が変わり秋になる頃、その日は前日の暴風雨が嘘のように雲ひとつ無く晴れ渡っていた。昨日酷い雨に打たれながらいつもの場所を見てみたがやはり居なかった。
今日もいつもと同じように改札を抜けて、その場所に目を向ける。
やはり居た。もはや自分の中ではお馴染みとなったその姿を見留められる事に安堵すら覚えるようになってきていた。今日こそはきちんと曲が聞こえる距離まで近付こうと、おもむろに踏み出した、その瞬間だった。
彼が今まで決して上げる事の無かった顔を上げて、初めてその瞳と目が合った。
晴れた空が映り込んでわずかに青く染まった瞳。その瞳が少しだけ長い前髪の隙間からこちらを真っ直ぐに射抜く。奏でる手は止めないけれど確実にこちらに気が付いていると分かる。
その、まるで穢れなど知らない子どものような澄んだ瞳に思わずぞっとした。
ゆっくりと口元が動く。しかし声は聞こえない。それでも、
生きろ、と言われた気がした。
(晴天の亡霊)
もしかしたら彼は黄泉の国から私を止めに来たのかもしれない。
思えば彼を見つけてからは下を向いて歩いていない。
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